2014/07/23
サラリーマンの理不尽の代表的なものの一つに「転勤」があるだろう.それを目の前で体験したので,ここに書き留めておこうと思う.先日従兄妹に転勤辞令が出た.サラリーマンに転勤はよくあることで,なにをそんなに騒ぎ立てることが…という話かもしれないが,旧態依然の日本企業がどれくらい人材活用の面から制度疲労に陥っているのかをご理解いただける良い事例になると思うので,ここに記しておきたいと思う.
自身のサラリーマン生活を振り返っても,以前から人事部の役割には懐疑的であったが,今回の身内の転勤で確信を深めた次第である.多少感情的になるかもしれないがご容赦いただければ幸いである.参考になる優良な分析としては先日の日経ビジネスの「人事特集」および,日経ビジネスオンラインの「ガラパゴス化していた日本の人事部」でも迫っていたので参考にしていただければと思う.
先ずは私の身内に起こった転勤の事実整理をしておこう.彼はこの4月で入社10年目を迎えた東京に本社を置く大手通信会社(以後N社)の社員である.2003年に大学卒業後,第一志望群の1つであったN社に就職した.東京勤務が約束されていたことが選択した決め手になったようだ.金融機関や総合電機からの内定も得ていたが,勤務先がどこになるかわからないと言われたため,彼はそれをリスクと感じ東京で働けるN社へ入社した次第だ.
彼の同期200人弱が全員東京の事業所に配属された.本社と都内の事業所はいずれも山手線内中心にあり,東京勤務を希望する者にとっては理想的な環境といっても良いだろう.彼の同期の中には,トヨタ自動車の内定を蹴って入社した者もいたが,その理由はど田舎の豊田市で働きたくないということであった.その他にも海外勤務を希望すれば,空きポスト次第で海外現地法人勤務も可能となるというのが魅力的に映ったようだ(その後,彼の同期の何名かは海外勤務をしている).
トヨタの内定を辞退してN社に入社した話は,ミスチョイスであると不思議に思っていたが,冷静に分析してみると一理あるようにも思える.それは仕事に求めるもの,期待することから考えれば合点がいく.あなたは就職活動で企業を選択する際に,重視する項目はなんであろうか? 「仕事内容」(働き甲斐),「年収」(収入)のどちらかが最重要項目であろう.そして,その次に大切になるのは「勤務地」ではなかろうか?(労働環境も重要項目に間違いないが,実際に働いてみなければわからない部分なので言及しない).
「仕事内容」と「収入」と「勤務地」.この3つの企業に求めるものの中で優先順位を決めたり,妥協したりしながらみな現在の職場に落ち着いていることと思う.誰だって自身のスキルを活かせるやりがいのある仕事に携わりたいし,給料は高ければ高いだけ良い.住み慣れた街や好きな都市で働くのが理想であろう.仕事内容を重視するか,報酬を求めるか,勤務場所に縛られるかはサラリーマンの永遠の悩みと言って良いかもしれない.
話を従兄妹とN社の話に戻そう.彼は入社後5年間程度は大きな不平や不満もなく働けていた.組合が強い企業なのでワークライフバランスが良かったらしい.仕事内容の非効率性や生産性のない仕事のやり方,上のろくでもなさには嘆いていたが(先輩や若手の管理職は優秀なのもちらほらいるがそれより上は酷いらしい),そんなことは大企業はどこでも似たような状況であろうし,リーマンショックの影響も少なく,平穏にサラリーマン生活をエンジョイしていた.
状況が変わったのは2011年.従兄妹は東京から大阪に転勤となった.N社では3年程度での定期人事異動が一般的であるので,8年目の人事異動は珍しいことでもなんでもない.東京から離れたくないと愚痴の電話が毎日のようにあったが,東京と大阪と名古屋の勤務経験がある自分には大阪は非常に魅力的なところであったので,転職を検討していた彼を説得したのを覚えている.
その後2年の大阪勤務の後,彼は再び転勤で東京勤務に戻ることになった.仕事にプライベートに大阪で充実した生活を送っていた中での東京への異動であり,酷く腹を立てていた.それでも本社が東京であり,東京勤務者が8割という会社であるため愚痴を吐きながらも再び東京に戻ったわけだが,この度また異動の辞令が出た次第である.名古屋へ転勤辞令が下った.
東京→大阪→東京→名古屋と3度目の転勤.聞くだけでウンザリする話であるから,本人のストレスと苦労は相当なものであろう.ちなみに転勤の話は従兄妹だけではなく友人からもよく耳にしており,転勤の恐怖と負担は酷いものである.参考までに従兄妹が勤めるN社の人事と転勤の流れは以下の通りである.
「転勤辞令は1週間前」
転居を伴う異動の場合,親身になってくれる管理職であれば10日程度前に内示を出してくれることもあるが,原則1週間+1日前であるとのこと.つまり1週間少々前に突然転勤の辞令が下る.そしてそれを拒否することはできない.
「転勤手当は10万円弱」
転勤辞令に伴い会社が負担するのは「引越代」に加えて「転勤手当」が10万円弱のみである.これはなにを意味するか? 1週間前に転勤を命じられても元住居はすぐに解約できるわけではない.居住していないにも関わらず転勤元家賃の支払いが発生する.転勤先は社宅(借り上げ住宅)を会社が準備してくれる場合もあるが,自己解決が基本.つまり転勤先の「敷金」「礼金」は自己負担となるわけだ.転勤の度に30万円~50万円の赤字となると従兄妹が嘆いていた.
まったくもって酷い話だ.ある日会社で転勤の辞令が出る.それは10日後に勤務地が現在の東京から名古屋に代わることを意味する.仕事を整理するだけではなく,プライベートも整理せねばならない.家族がいれば子供の学校や妻の仕事の調整も必要になるだろう.独身であっても人生設計に大きな変更が生じることに変わりはない.
そして,ここに本人の希望は一切考慮されていない.従兄妹は一度も転勤(異動)の希望を出したことはなく,可能な限り東京で勤めたいとの要望を出していたが,それが聞き入れられることはなくこの度の3度目の転勤である.仕事内容も営業→SE→商品開発と変わり今回は営業担当になるそうだ.職種が変わるたびにそれまでのスキルと経験がゼロクリアになってしまうらしい.
私も従兄妹も市場価値があるのはゼネラリストではなく独自の専門性を持ったスペシャリストであると考えているが,会社はそうではないらしい.定期人事で様々な職種を転々とさせるのを至上命題としているようなのだ.呆れて空いた口がふさがらないとはこのことであろう.
労働者の不満の観点から記してきたが,果たして企業側にとって社員を転勤させるメリットがあるか? と言えばそれも甚だ疑問である.従兄妹の勤めるN社を例に見てみよう.
転勤になると世帯持ちの半分以上は単身赴任になるという.転勤に伴う引越費用,単身赴任者への家賃補助,帰省費用など様々な費用の負担が企業に生じる.100万円~300万円程会社が負担することになる.そして本人の希望しない異動は確実に会社への忠誠心と労働意欲を奪う.そして,それまでに与えたスキルや経験を引き継がない業務であれば,生産性が低下する.
企業のミッションは株主価値の最大化,つまりは企業業績を高めていくことである.それはリソースである従業員を有効活用することがなによりも重要であるが,従兄妹の勤めるN社にはその視点はないらしい.重要なのは定期的に従業員を異動させることであり生産性や人材教育は二の次であるようだ.
日本の多くの大企業で慣例のように実施されてきた定期人事異動や転勤.それは「定期的な人事異動により組織の活性化を図る」などという曖昧な目的で,効果を検証せぬまま続けられてはいまいか? 世界に目を向けると,欧米では定期人事異動を実施する企業はほとんどないという.社員は専門性を持ったスペシャリストとして育て活用するのが一般的である.
転勤や別業務につかせることは,新しい知識を勉強させる必要があり,異動元・異動先で仕事の引き継ぎや新しい仕事のやり方を教育するという追加のコストが発生する.そして,本人的にも業務やスキルの継続性が失われるので人材価値が上がらないため嫌がる.つまり,労使ともに転勤にはメリットがないと考えられているから定期人事異動などという非効率な制度はなく,戦略的な人材配置が基本である.
転勤は日本のサラリーマンの宿命?「旧来型の悪しき人事システムは糞である」とここで声を大にして叫び,本人の意図しない転勤辞令が少しでも減ることを祈りたいと思う.